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日本人完全理解書

「もう日本人の事で悩まない」現代日本人に悩む日本人嫌いの日本人の為の提案書

日本の心配をするだけ時間の無駄。

日本や日本人が嫌になっている人は、言い換えればそれだけ自国を愛し、心配しているのではないだろうか。

 

だが、どんなに心配をしても、もう無駄だろう。

何故なら、前回の問題解決に関する記事で説明したように、一般的な日本人は問題解決を本心では望んでいないからである。口では何とでも言える。これも前回説明した。一般的な日本人の発言には「意味や真心」は含まれていない。彼等の本心は普段の行動に現れている。そこを観察していれば分かるだろう。

 

そもそも彼等が誠に改善を望んでいたならば、現にこんな国には成っていなかっただろう。この方向に国や日本人は進まなかったはずである。だが、一般人はこちらに進んだのだ。これは彼等の自覚の伴わない「意志」である。

 

つまり、例えば諸国に問題がある場合は、彼等はできるかできないかに関わらず問題解決を望むが、日本人の場合は望んでいないので、そもそも「改善」など無理なのである。この違いは天地の差だ。

 

例えば、奴隷というものは、奴隷に成りたくない人間が仕方なく奴隷をしている者の事だ。

しかし、日本人は自ら奴隷と同じに成りたいのである。これは奴隷の本質とは違う。

正に家畜なのだ。日本の若い女共が売春をするの同じような構造だ。女の貧困だとか色々な事が世間では話題になっているが、日本の貧困などそもそも大したことではないのである。言い換えれば日本に本当の貧困など存在しない。ただ他人が「オシャレ」をしているのが妬ましくて、自分も物欲の為に手軽に体を売っている、というようなレベルの話だ。彼女等やそれを歓迎する日本の男共は売春婦に成る事になんの抵抗も無いのである。例えば某有名アイドルのメンバーがAV女優の様な売春婦になると「ファン」は喜ぶという非常に奇妙な構造が我が国にはあるのである。

 

彼等の精神構造や思考法と云うよりかは、情報処理パターンは、深層の部分では人間的なものだとは言えない。本質的な知性の向上は我が国の庶民には存在しないのだ。だから教育と謳っておきながら、豚の腹に餌をぶち込むのと同じ要領で、脳に情報を詰め込む教育もどきしかできないのだ。これは本当の教育では無いのは云うまでもない。

 

武士の不在な時代には、日本人はアメリカ様に飼われるのが性に合っている。だから、諭吉が云うような独立なんでそもそも無理なのである。この国を愛しても、庶民を同じ人間のように愛するのはそもそも無理がある。大事なのはそれをようやく受け入れ、死ぬ迄ずっと同じことで悩まないことだ。それが諭吉の云う独立だ。この国を心配することをやめ、自分の人生と自分の家族、友人、仲間を幸せにする事を考えたほうが良いだろう。もちろん、他人に冷たく成ろうという意味ではない。ただ、もう心配をしてもしょうがないのだ。彼等は自滅を望んでいるのだから。家畜スタイルが好きなのだから。

 

それを許し、認め、受け入れることが、我々「人間」の独立だろう。

つまり、彼等の相手をするだけ時間の無駄である。

これは日常生活でも皆さんはもうお気付きだろう。

同じ「人間」という種だと思って向き合っても、全く無意味だったのだ。