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日本人完全理解書

「もう日本人の事で悩まない」現代日本人に悩む日本人嫌いの日本人の為の提案書

日本人は会話すら出来ない3

次の理由は「抽象的な思考ができない」からです。

もう少し正確に云うと「高抽象度の物事」を捉える事ができないのです。

それは会話の論題における「抽象度を捉えることができない」ことでもあります。

だから論点のずれた方へ一人でに暴走したりします。

 

 例えば、同じような単語が出る議論や会話でも、その本質とそれが行われるステージがどのぐらいの高さの抽象度であるかによって、論題は全く別物になるのです。それはしっかり相手の話を聞いていれば、どれぐらいの高さの抽象度の話をしているかは、聞き取れるはずなのです。

 しかし、日本人は前回の記事でたしか説明した様に、そもそもとしてとても傲慢でせっかちなので、人の話をしっかり聞かないのです。それで、相手の話の全体すらしっかり捉えずに、部分部分の単語だけを耳に入れて、自由自在に歪曲解釈し、そして違う抽象度の回答を堂々としてしまう始末です。

 こういった所にも一般的な日本人の傲慢さ現れているのです。そんな訳ですので、多少抽象度の高い会話や議論などはできないのです。ですから、もしそういう話をしようとしているのであれば、大抵の日本人とはできないと思います。そもそもと論点やステージの高さが違うので、話が噛み合ないのです。そして、それに対して説明しようとしても、相手は傲慢ですから、逆切れしてくるのが関の山です。そもそもとして、会話や議論をすると云うのは、前回説明した通り「2つの未知の出会い」ですから、会話が成立する前から相手を決め付ける様な傲慢な態度をとっては成り立たないものなのです。しかし、未だに肩書に弱い日本人ですし、今の時代は「何を言うかより、誰が言うか」が重要視されていますので、健全な会話や議論ができるはずが無いのです。こういったことは親子関係や上司部下の間でも顕著でしょう。

 

特にその辺の普通の頭が弱い日本人達は、そもそもとして「抽象度」の様なものの存在すら知らないのです。だから彼等とできる「会話」は、テレビや芸能人の話、天気の話、といった非常に具体的で短期的視野の内容だけです。また範囲の狭いことだけです。

 

そんな民族なので、一般的な日本人には哲学や宗教の大切さ、もしくはその深さを捉えることはできないのです。それがいかに自分達の生活に影響しているかなど知るよしも無いのです。そんな知性なのに江戸時代だかに庶民の識字率が凄かったからなどと未だに自惚れているのです。

 

 

抽象度を捉える事ができないと話は噛み合ず、誤解が生まれ、会話をする意味がなくなってしまうのですね。だから、日本人は無口になるのかもしれません。結局、言語力が無いので口を開かないのです。開いたとしてもどうにもならないからです。