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日本人完全理解書

「もう日本人の事で悩まない」現代日本人に悩む日本人嫌いの日本人の為の提案書

知性と知識の違い

 

知性と知識の違いを説明する前に、

少し前置きをします。

 

人類というのは、未だに眼に見えないものを捉えるのが非常に苦手です。

少なくともそれがしっかり出来る人は非常に少ない。

社会一般的に賢いと見られている人達でも実はそれほどこれが上手ではない。

 

この話は大変深くて、言葉で説明するのは手間がかかるのでこの辺で割愛しますが、こういう前程が今回の本題に深く関係しているのです。何故なら知性と知識は直接的には眼には見えないからです。

 

先ず、何故この論題を取り上げるかというと、このブログのテーマである現代の一般的な日本人の問題を説明する上で重要な要素だからです。

 

私が大変共感するとある著者は書きました、「日本には知識人はいるが、知性人」は居ないと。これは本当にそうだと私も思います。

 

日本には元々、哲学はありませんし、どうやらこの知性と知識の違いをよく分かっていない人がほとんどだとお見受けします。

 

私なりにもう少し正確な言葉に訳しますと、日本には知識人も居ません。

「情報人」はいます。

 

ここで概念が3つになりました。

知性、知識、情報。

 

前の記事で、いかに言葉の意味や概念をしっかり捉えるかが重要だと書きました。ですから、厳密には、というか本当はすごく当然の話なのですが、知識と情報は全く別ものです。しかし、乱暴で粗雑な庶民というものは、この知識と情報もごちゃ混ぜにしています。幼児が泥ダンゴを作って喜んでいるようなものです。

 

以上の三つがこの文脈に於いてどの様に異なるのかを私なりに少し説明します。

※何故、わざわざ「この文脈に於いて」と入れるのかと云いますと、言葉というのはそもそも不完全だからです。しかし、不完全だからこそより丁寧に扱う必用があります。逆ではありません。

 

情報というのは、「物」です。

それはただそこにあるだけです。

知識というのは、人間側の現象です。

「識」という字に着目して欲しい。

識というのは、意識、認識、識別、理解、の様な意味があります。

「物事の道理を知る」ことです。

これは少なからず、いいえ、必ず知性が必用なのです。

何故なら、知的な情報処理をする必用があるからです。

情報を複雑に処理した結果に、知識が生まれる可能性があります。

「見識」というのは:

「物事を深く見通し、本質をとらえる、すぐれた判断力。ある物事に対する確かな考えや意見。識見。」と書いてあります。

 

まあ、辞書の定義は別にどうでも良いのですが、捉えやすく分かり易いと思うので引用しています。

 

知識というのは、知性に深く関係しているもので、人間の哲学性が関与しているのです。

 

ただ本を読んで、ただ生きていれば得られるものではないです。

何故かというと、上に答えが出ていますが、「道理を知る」必用があるからです。

 

だんだん複雑になってきましたが、皆さん付いて来られているでしょうか?

付いて来て下さい。

 

「道理」という言葉が出てきました。これは大分、日本的な言葉だと私は思いますが、ようするに、西洋で云うならば論理です。日本の理(ことわり)です。もう少し踏み込んで説明すると、ようするに真実のことです。

 

「道理を知る」というのは噓と真実を見分けられるかという意味なのです。

これは残念ながら、かなり高度で知的な活動を必用とします。

 

知識とは、そういうレベルの高いものなのです。

言っている意味が分かりますか?

 

本をたくさん読んで、知識が沢山あるとは、本当は言えません。

言語としておかしい。本当はね。

でも、こういう言い方をするのは実は「比喩」なのです。

例え話です。

比喩というのは、厳密には「噓」のことです。

何故かというと、「それそのもの」ではないからです。

ただ、その「噓」を利用して、表現力を豊かにする言語の高度なテクニックなわけです。

しかし、現代の人類というのは、比喩に慣れ過ぎて、溺れ、むしろ比喩が真実だと誤解しているのです。言語の正確性が重要なのはこういうところも理由です。これは大変重要な話ですよ。

 

 

基本的に、知性も知識も「真実」がベースであり、それによって成り立つものなのです。情報は様々なものがありますから。

 

知性の説明はしましたっけ?

知性は簡単に云うと真実ベースで考える力です。

 

 

話が長くなってしまいますので、いつもの様にざっくりまとめてしめます。

 

よく日本の「賢そう」な有名人などの言っていることを観察してみてください。彼等はほぼ皆、情報ベースの人達です。「情報人」です。情報人は金を稼げます。何故なら、それに真実か噓かはあまり重要ではないからです。金を稼げる人、つまり、人間社会で評価される人は人間社会の情報を知っていればいいわけです。この話は人間社会とは何なのかという論題に繋がりますが、今回は踏み込みません。

 

 

私が今回の記事で伝えたいのは、日本に居るのは「知識人(正確には情報人)」がほとんどで、真の知識人や知性人はほぼ居ないということです。

 

これは人類にとってとても重要な話だと思いますが、先程申し上げました様に、今のところ人間社会ではあまり重要視されていません。

簡単に説明すると人間社会は共同幻想によって成り立っており、真実ベースで生きる必用があまり無い(と思われている)からです。もちろん学校でもこんな話はしないでしょう。だから、誰も知らないのです。俺は自分で考えました。

 

しかし、何故これが重要であるかというと、私からすると当然なのですが、問題が一気に解決できるからです。そして、今の多くの低レベルな問題が起きることも無かったことでしょう。

 

これから、世の中に溢れる「賢そう」な人をネットでもテレビでも、見かけた時は、その人が真の知性人(知識人)なのか、ただの(情報人)なのか、見極めてみて下さい。必ず、その人の言葉にボロが出ますから。あとは己がそれに気付けるかどうかだと思います。

 

皆さんには真の智識と知性を育んで欲しいと思っています。

俺もより真実に近い方へ歩んでいきたいと日々思っています。

 

それでは、また。