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日本人完全理解書

「もう日本人の事で悩まない」現代日本人に悩む日本人嫌いの日本人の為の提案書

格差が広がる事は問題なのか?

格差に関することを少々。

 

「格差」と一言で言っても内容や文脈は無限にあるでしょう。

しかし、あまり知識の無い人などはどちらかというと問題視しているようです。

 

俺は格差が広がることは自然な現象だと思っています。

例えば、義務教育は強制的にやらせることである程度やる気の無い人々でも少しばかりの知識と知的向上は得られます。

 

しかし、元々人間なんていうものは自然の子供で、不自然に他人から義務を強制しても本来の能力は発揮しません。

 

貧富の差もそうで、やる気のある奴は勉強したり、行動します。

他の99.99999%は他人のせいにするだけでしょう。

 

元々、地球のどこでもだいたいは身分階級、制度がありました。

要するに、どこでも貴族と庶民が居たわけです。

では、もっと歴史を遡った時のことを考えて欲しい。

なで、そもそも貴族というものができたのか。

色々な説を考えることはできますが、そもそもリーダーに成る奴と成らない奴に別れるのは自然なことです。

 

例えば、格差を無くしたとしても、またいずれ何かしらの形で格差は生まれてきます。

格差に文句言ってる人が一度降り出しに戻った時に、じゃあ、そいつが頑張るのかというと恐らく俺の予想では100%頑張らないと思います。

 

頑張るというのは、知的に頑張るという意味です。

ただ、肉体的に頑張るのというのは、人間的の本質的な「頑張り」とは俺は言えません。少なくともこの文脈に於いては。

 

 

俺は格差が広がる事は問題だと思いません。

むしろ、それを庶民が認めた方が、結局庶民の為にも良いのだと思います。

 

基本的に、庶民には

美学も

哲学も

理念も

方針も

信念も

無いからです。

 

 

彼等はそもそも雑念が多く、存在としてあやふやで、曖昧です。

そういう人々が無数に居るのです。

皆バラバラです。

知的な人間がバラバラに居るのと

あやふやな人間がバラバラに居るのとでは状況が全く異なります。

 

 

ただし、もう一つの問題は現代に貴族らしい貴族が居るかどうかですが。

 

 

 

とにかく、格差なんて庶民が自分達で導いたようなものだと俺は考えてますので、今になって問題だとか騒ぐ庶民を見ているとやはり根本的に「生まれ」が違うのだと感じます。

 

同じ人間ではないようです。

 

 

こういうと俺が自惚れているように聞こえるかもしれませんが、俺は人間が本当は好きです。

 

ただし、普通の人というのは、どうしてこう、なんというか、こうなのだろうと大変不思議に思います。

 

 

 

とにかく、格差が出来るのは自然なことで、だからどうした?としか思いません。本質的な問題は格差ではなく、庶民それぞれの己を真に愛せないところです。

 

己を愛せない庶民それぞれが問題なのです。

 

愛せた人から、天に導かれるようになります。

 

 

こう言っても、庶民には何のことだか分からないんでしょうね。

特に哲学が無い一般的な日本人には頭のおかしい事としてしか聞こえないのでしょう。

 

こういうところが理由で、俺は彼等と同じ人間だとは思っていないのです。

むしろ、彼等が俺を拒絶しているからです。

俺は基本的に良い人間は、皆ウェルカムですから。

 

今回は、格差は問題では無いのだと説明しました。

少なくとも問題の本質はそこではないのだと。