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日本人完全理解書

「もう日本人の事で悩まない」現代日本人に悩む日本人嫌いの日本人の為の提案書

日本人は多重人格なのか?

表層的には日本人が多重人格であるように見えるかもしれない。

しかし、本当の所は違うと私は考えています。

 

多重人格なのではなく、そもそもとしての人格が無いのです。

だから多重人格に似た様なことが起きるわけです。

しかし、これも似ても似つかないものです。

 

日本人は人格とは何なのかを分かっていません。

これは云うなれば、人間とは何なのかが分かっていないのと同じです。

 

本来、人間というのは、この世に生まれてから、常に独自の視点で生きているわけで、そこから感じたことなどを【自分で】考えたりして、結論を出し、それで人格というものが形成されていくのです。

 

だが、日本人の場合は違います。

人格がそもそもとして育まれません。

それは人格を育む事が悪いことだとしているからです。

表層的で、軽薄で、ハリボテの人格は皆持っているように見えるかもしれません。

しかし、それを本当の「人格」というものと比べると全く人格とは呼べません。

 

言葉ではなんと言おうと、日本人は皆「同じ」であることに努めています。それが大人な人間であると思っているのです。思っているだけで、考えた結果ではありません。論理的な根拠などないのです。

 

他人、相手を会話するということは、相手という「未知」の存在を知ろうとする姿勢、受け入れようとする姿勢が必用なのです。本当は。

しかし、日本人は一般的に人格がないので、この前程がありません。根本的に皆「凡人」で、皆「普通」で、皆「同じ」だと妄信しています。だから、相手を理解しようとする姿勢は基本的にありません。あったとしてもそれは最初のちょっとだけです。その「ちょっと」を過ぎると日本人の頭はパンクして、情報処理が追い付かなく成り、そこから回避する為に、逆切れし始めます。

 

少し哲学的な話になりますが、人間の本質は、ある意味で人格が形成されていくことにあります。人格こそ人間の真価である言えるのです。それは、この世の無限の可能性の中で、その個人という人間が生まれた意味だからです。それが存在意義なのです。ここには前程として「自由」という概念も入っています。この自由は聖書でも最初の方に語られている程、重要なものなのです。

 

しかし、この「自由」という概念も日本人にはありません。もしくは日本人同士で互いに奪いあっているのです。器が小さ過ぎて、受け入れられないのですね。「普通」を重んじすぎるあまり、眼が眩んでいるのです。

 

以上のことが原因で、現代の日本人は本当に「人と関わる」ということをしていないのです。人ではなく、「普通」というパターン、概念と接しているだけなのです。人間と接しているのではありません。

 

だから、日本人は「会話」が出来ないのです。

そこから、「議論も出来ない。」に発展します。

 

そして、日本人は「日本語は論理的思考に向いていない。苦手だから〜」と、なんでもかんでも「苦手」という言葉で逃げているわけです。

 

議論ができないなのていうのは、「苦手」という言葉で済まされるのでしょうか?

「人間社会」があるということは、少なからず、他人、人間と向き合い、「議論」をしなければ、多くの問題は解決されませんよね。

 

 

今回は、日本人は多重人格なのではなくて、そもそもとして人格が無い、もしくは、ほぼ無いに等しいという事を書きました。

そして、それがどうして問題かというと、根本的な「人間」を知らないということと、自由という概念を拒絶しているからです。

このままでは、本当の先進国には成れないからです。

 

日本人がアメリカに守られていると思っているのであれば、これを仕組んだ「アメリカさん」はきっと「日本人って本当に馬鹿で、めでたいな、HAHAHA」と笑っているでしょう。

 

 

私は、日本の空を海外の戦闘機が毎日飛んでいることに凄く疑問を抱きますし、違和感を感じます。

 

 

どうやら普通の日本人は、それでも良いみたいですね。

それがどうやら現代日本人の「SAMURAI魂」というやつみたいですね。

 

いやぁ、めでたい。

めでたいです。

頭が。

 

 

 

さて、このまま終わっても、あまり意味がありませんね。

このブログの目的は「人間の日本人」がいかに生きるかという事を伝える為のものだからです。

 

 

細かい説明するのは面倒ですし、もう本質的なことはこれまでの記事で書いてしまったので、それをやれば良いだけなのですが、

 

人間として日本で生きる為には、戦略的に生きれば良いだけです。

どうやったらありのままの人間で居られるか、

その隙を見付けて、そこだけで生きて行けるように工夫するわけです。

実は「隙」と書くと狭い範囲の様に聞こえるかもしれませんが、本当のその隙の方が大きいのです。何故なら日本人は狭い場所に皆でギュウギュウに閉じこもるのが好きだからです。日本の家や道路が狭いのもこれが理由です。国土の問題ではありませんよ。それは日本人のとりあえずの言い訳です。満員電車も実は日本人は大好きなんですね。日本人は自分達が嫌なことも、自ら進んで好き好んでやるという【不思議】な民族です(笑)

 

皆、ギュウギュウに息苦しいものが好きで、そこに閉じこもっているのですから、そこから抜ければいいだけです。ただその抜け方にコツというか、工夫が必用なだけですね。

 

 

まあ、あとは自分で考えて下さい。