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日本人完全理解書

「もう日本人の事で悩まない」現代日本人に悩む日本人嫌いの日本人の為の提案書

モラル、倫理と論理の関係

今迄の記事で本質的なことはざっくり説明してきました。

今回は、そこから派生する重大な問題についてざっくり解説したいと思います。

 

倫理(モラル)と論理の関係。

 

遠回しな文章は面倒なので、率直に言うと

論理が全ての親です。

論理が倫理の親です。

前にも説明しましたが、この「理(ことわり)」が論理の様なもので、

「倫理」にも「理(ことわり)」が必用不可欠なのです。

 

言っている意味が分かりますか?

ものすごく大事な事だと思います。

 

この理が無い人々は、倫理を誤解し、間違った、似ても似つかないものを倫理として実行するようになります。

 

モラルもそうです。

だから、現代の日本人はやたらと「モラルが、モラルが〜」と連呼するわりには、モラルが何なのか全く分かっていないわけですね。「マナー」もそうです。

 

人間的な知的な生物である為の根源的な性質は、論理があることです。

論理がなければ、人間には成れないと云えると思います。が、この辺は大分哲学的な話になってしまうので、割愛します。

 

現代の日本人は、海外の文化は上手に取り入れていると思っているかもしれませんが、それは一般的な日本人ではなく、一部の優秀な日本人にそれが出来たというだけの話だと私は考えています。

それ以外は、全てハリボテですから。

ハリボテを「上手に取り入れた」とは言い難い。

日本文化でさえ「ハリボテ」になってるように思います。

礼儀や謙虚、など古来の日本人が兼ね備えていた日本的な性質を現代人は誤解しているように思う。そして似ても似つかない「何か」を真しやかに猿真似をしている。彼等はそれが日本の文化だと思っている。

 

それは、論理も理も無い、つまり知性が無いから、その似ても似つかないものの区別ができなくなるのだということです。

 

「察する」もそうです。

「空気を読む」もそうでしょう。

 

本当に「空気」を読めてるのでしょうか。

私には読めている様には見えませんし、思えません。

 

何故なら「察する」や「空気を読む」というのは、かなり高度で知的な脳の活動だからです。現代の雑念塗れで汚れた凡人にそんな高度な芸当ができるのか。

 

 

まあ、とにかく。

論理が基本なので、論理が無いとモラルも倫理も育たないということです。

これが現代日本人のおかしな部分の原因だと私は考えています。

 

例えば、カフェでフィルムの付いたケーキを出すとかね。

あれを初めて見た時はもう、本当に、びっくりしました。

しかも、その野暮なフィルムをフォークでくるくる巻いてとるのがテーブルマナーだとかネットに書いてあったりしたのは、このブログで説明している事が原因でしょう。

 

 

それでは。