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日本人完全理解書

「もう日本人の事で悩まない」現代日本人に悩む日本人嫌いの日本人の為の提案書

正常な思考と精神的強さの関係

正常な思考は大切。

不正常な思考は遅かれ早かれ問題を生むからである。

 

正常な思考には論理が必用。

論理とは、「真」をベースにした思考であると云える。

真実(現実)をありのまま観る必用がある。

そして、その真実を観て、知性の基づく想像力を働かせ、論理の法(ルール)で思考すれば、「次にどうなるか」という想像がより根拠のあるものになる。

つまり、真実をより深く、広く、遠くまで認識できるようになる。

 

精神的に弱いとこの真実の威力、現実の残酷さ、大変さに、眼を背けたく成るだろう。

つまり、最初は論理的に思考していても、無意識に「怖い」もに気付いてしまうと、だんだん感情的な「思考」、いや「妄想」になっていくのである。

 

妄想とは:

根拠も無くあれこれと想像すること。

 

日本人がよくやるのは、論理に基づいた想像ではなく、妄想である。

だから、他人を決め付ける傲慢な奴が多い。

 

この、妄想と想像の違いを覚えて欲しい。

 

前回説明した、論理の欠如がここで、さっそく問題を生んでいる。

 

この文脈において解説している妄想と想像は似ているようで違う。

 

こういった、似ている概念の違いを捉えられないのも現代日本人の問題である。

 

繊細で精密な思考ができないと、当たり前だがそれはいずれ大きな噓(妄想)に変貌し、そしてその妄想に基づいて何かをすれば、問題になるのは当たり前である。

 

ここで、言語をいかに正確に操るかが大事なのかが分かったと思う。

「綺麗な敬語で上品に話そう」という意味ではない。

表層的な言葉は乱暴でも、内容の論理をいかに正確に表現しようとしているかのことだ。

 

 

論理の欠如

精神的な弱さで、正常な思考ができない

言語内容の正確性が曖昧で、精密な思考ができない、似ても似つかない違いを捉えられない。

 

こういった類いのものが日本の問題を生んでいる。

 

この辺りが基本になる。